東南アジア史②〜個の限界と集団の力〜【現代史】#330
今回のエピソードでは、現代の東南アジアの枠組みであるASEANの成り立ちを、パーソナリティが分かりやすく解説していきます。歴史的な文脈を紐解きながら、なぜ当時の東南アジア諸国が手を組まなければならなかったのか、その本質に迫る内容です。
生き残るための選択がASEANの原点です。
ASEANが設立された1967年、世界は冷戦の真っ只中にありました。資本主義陣営と社会主義陣営が真っ二つに分かれる中、小さな国々がそれぞれ独立して生き残ることは困難でした。そこで、隣国と協力して大きな魚に立ち向かう「スイミー」のような生存戦略として、ASEANが誕生した経緯が語られています。
当時の加盟国はどこだったのでしょうか。
ASEANの創設メンバーは、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピンの5カ国です。彼らは冷戦下で、自国の政治的な安定と外部からの脅威への対抗を優先し、結束を固めていきました。この結びつきは、決して美しい理想だけではなく、当時の情勢に翻弄されまいとする必死の足掻きでもあったのです。
全会一致がASEANの根幹を支えています。
ASEANの運営において、全会一致の原則がいかに重要であるかが説明されています。他国の政治に不干渉である一方で、物事を決める際には一国の反対も許されないという、非常に厳しくも慎重な合意形成の仕組みです。各国の体制が大きく異なる中で、この「全会一致」というルールがなぜ不可欠だったのか、興味深い考察が続きます。
※この要約はAIによって自動生成されたものです。内容に誤りを含む場合があります。
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