イランとサウジの関係史②〜親米から反米へ〜【現代史】#367
今回のエピソードでは、中東における二大国、イランとサウジアラビアの対立の原点をパーソナリティが紐解いていきます。かつてはアメリカの支援を受けて急速な近代化を図っていたイランが、なぜこれほどまでに親米から反米へと立場を急変させるに至ったのか。その歴史的背景に迫る内容です。
冷戦下の戦略的な立ち位置が興味深いです。
1950年代から70年代にかけてのアメリカは、ソ連の勢力拡大を恐れ、中東における防波堤としてイランとサウジアラビアを重用していました。どちらの国も当時のアメリカにとっては重要なパートナーであり、特にアメリカによる近代化の支援を受けたイランは、急速な社会変化を遂げていきます。
経済成長と貧富の差が混乱の火種になりました。
近代化によって確かに経済は発展しましたが、一方で国内では貧富の差が拡大し、国民の不満が蓄積していきます。そうした中で、イラン国内ではイスラム勢力が台頭し、ついにある大きな出来事が起きました。その時、アメリカと協力関係にあったパフレビー国王は亡命を余儀なくされるのですが、その後のある展開がイランとアメリカの関係を決定的に変えてしまいます。続きはぜひ本編をお聴きください。
※この要約はAIによって自動生成されたものです。内容に誤りを含む場合があります。
ご縁を読み込み中…
