中南米史①〜アメリカの“裏庭”と呼ばれた〜【現代史】#380
もし隣人が勝手に自分の家の庭をいじり始めたら、と想像してみてください。強大な力を持つ国が、隣人をどのように扱い、その影響力を強めていったのか。今回は、アメリカが中南米を裏庭と呼び、自国の庭のように扱える権利まで手にした、その始まりの物語を、元高校社会科教師が丁寧に紐解いていきます。
なぜ中南米が裏庭と呼ばれたのかその始まりです。
アメリカ大統領モンローが発したモンロー宣言。これはヨーロッパ諸国に対し、アメリカ大陸への干渉を拒絶する強いメッセージでした。表向きは相互の不干渉を訴えつつも、実態はアメリカへの脅威を排除するという外交方針です。この宣言が、後々のアメリカによる中南米への介入を正当化する土台となっていきます。
パナマ運河の建設にはあるドラマがありました。
1900年代、セオドア・ルーズベルト政権は中南米諸国へ干渉を強める棍棒外交を展開します。運河建設のためアメリカは計画を進めますが、当時パナマはコロンビア領であり計画は難航しました。そこでアメリカがとった驚きの行動とは何だったのか。本編の途中で語られる、ある独立運動をめぐる裏側は聞き応えがあります。続きはぜひ本編でお聴きください。
※この要約はAIによって自動生成されたものです。内容に誤りを含む場合があります。
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